言葉がすり減る

流行して、みんなが知って、みんなが飽きて、廃れる。
何も芸人に限った話ではなく、言葉でも起こっていることだと思っています。

最初は「すごい!」「かっこいい!」とみんなに重みのある感動や衝撃を与えていた言葉も、みんなが同じように使う内に、どんどん軽くなっていき(往々にして大したことないシチュエーションで使われるようになるために)、やがて空っぽのフワフワした言葉になる。

「絆」とか「永遠」とか「信じる」とか。「ご冥福をお祈りします」とかも。

よくよく考えてみればすごーく強い意味を持った重みのある言葉だけど。

ネットで、教室で、はたまた政治の世界で、軽々しく覚悟もなく放たれ続けた結果、鉄のカタマリみたいだった意味が、すり減って風船みたいになってしまって、絆も永遠もご冥福も、どことなく「嘘っぽさ」の象徴のようにさえ感じる。悪〜い嘘つきが使いそうな言葉じゃない?

仕事でものを言ったり書いたりする中で、こういう言葉のすり減り具合を結構意識します。俺がすり減ってるなあと思う言葉を、電話口のお客さんが無邪気に大上段に構えて自信満々に振り下ろしてくることがあると「なんだかなあ」と思ってしまうわけです。

翻って、俺の使う「すいません」「ごめんなさい」「申し訳ない」は、他の人たちからどう思われているのだろうか。息を吐くのと同じ回数くらい言っているし書いている。メールを打つ際は「もう」と打てばすぐ申し訳、と予測変換してくれる。基本的にはいつだって本気で申し訳ないと思っているのだけど、こう乱発していると、言われた人には「ああまた口から屁こいてるな」くらいの印象しか与えられていないのかもしれないな。

申し訳一段上の、重みのある、あたらしい謝罪の言葉の登場を願ってやみません。