回転禁止の青春 – 1

大学進学のため上京して以来、およそ15年の東京暮らしをしていた(途中1年のブランクあり。これはまた気が向いたら書こう)私が実家に戻ると決断したのは、
「親孝行、したい時に親はなし」
という格言というか、あるあるネタのフレーズがものすごく嫌いだったから。

当初はマジで手足の爪ぜんぶに火を灯した上にケツにも火がついて火の車にハコ乗りキメてるような困窮状態にあったフリーランス生活も、5年経った頃にはようやく人並み程度にお金がもらえるようになりました。そんなタイミングで「親孝行は親がいるうちに、なんとか、どうにかして」と一念発起して大塚駅徒歩7分のめっちゃ快適な部屋を引き払い、新潟に帰ってきたわけです。

まあ様々な事象が複雑に絡み合った末の成れの果て、激キモ半端サブカルおじさんとなってしまった私には孫の顔を見せるという最大にして最高の親孝行を果たすことはとうとう叶わなかったので、架空の孫の父親である私の顔を見せるという自分に今できるであろう最大の親孝行をすべしと思ったわけです。姉のとこに孫いるし、いいかな、とも。

実際結構喜んでくれましてね、齢70を超えた両親は。
インターネットと根性を活用してフリーランス仕事を続けることで経済的自立を保ちつつ、家の事もあれこれ手伝える若い働き手として、家族の役に立てているという実感もありました。

冬囲いや大掃除といった力仕事は私が率先してやっていますし、具合の悪くなった父や母を病院に連れていくといったエマージェンシーな場面でも結構よくやったと思います、我ながら。

そんな実家ひきこもりフリーランス生活も2年と半年を過ぎ、いろいろとアレでナニな部分が見えてきたぞ、というところなんですが、それはまた次の投稿で。

つづく。